" /> 40代で胃がん告知から手術後5年経過するまでのドタバタ劇、いつでもポジティブ。(後編) -ポジティブ介護士コミティのブログ

40代で胃がん告知から手術後5年経過するまでのドタバタ劇、いつでもポジティブ。(後編)

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生き方

目次

  1. 手術の後
  2. 一般病棟に移る
  3. 主治医の説明を聞く
  4. 胃切除しても2キロしか減らない
  5. 病院食と体調
  6. ようやく退院する日が訪れる
  7. 退院後の胃腸とトイレ事情、後遺症との戦い
  8. 食欲と体重事情
  9. 5年後の検診にて

手術の後

手術が終わった。

全身麻酔が切れた後でも、点滴から麻酔薬が持続的に入っていたためなのか、頭がボーっとしていている。

手術の後はICUに入っていたが、まだ術後の痛みはそんなに感じなかった。

両足には血栓ができないためのフットポンプがつけられていて、自動でポンプが足を締め付けたり緩めたりを繰り返している。

尿道カテーテルが入っているため、尿も自然に排出され、ウロバックの袋に溜まっていく。

手術は朝から夜までかかっていたため、昼間は丸一日眠っていたことになるけど、

手術の後の夜も、意識がぼんやりで眠ったり、目が開いたりを繰り返していた。

目が開くたびにナースコールを押していたような気がする。

「トイレに行きます」

「起きます」

「足の機械外して」

「のどが渇いた」

そんなわがままを言っていたような気がする。

その都度、看護師さんはやさしく対応してくれた。

全部却下だったけど💧

一般病棟に移る

私は4人部屋で、大腸がんの手術をした50代の女性と、重度の貧血で入院されている20代の女性と、いつもカーテンを閉めて何も話さない女性が同室だった。

一般病棟に移ってもまだ意識がふわついていて

基本的に車椅子だが、立つ時は痛みで体が腰の曲がったお年寄りのようになっていた。

そしてとにかく痰がからむ…

痰がからむから、咳をしたいが、傷が痛くて咳ができない😣

傷に力が入らないように、『コホッ』『コホッ』とやさしくやさしく咳をしてみた。

それでも痛くて、体の向きを変えながら咳をしようとしても、痛みで体の向きなんて変えられるものではないのだ。

そう言えば以前、卵巣嚢腫で右卵巣を摘出した時も全身麻酔で、手術後に痰がからんでしかたなく、咳をするのにも傷の痛みと戦った記憶がある。

全身麻酔の後は痰がからんで辛いと言うこと再認識した。

術後、数日は意識があるようなないようなしばらくは体がふわふわしたような感覚だった。

そして若いかわいい看護師さんがいつも様子を見に来てくれた。

👩‍⚕️「大丈夫ですか?痛かったら遠慮なく言って下さいね」

👩「痛いです…」

👩‍⚕️「そうですよね…。また何かあったら言って下さいね!」

【それだけかい…💧】

👩「あ、はい…」

またウトウトとし始めた時💤

また別の看護師さんが来て、血圧を測ってくれていた。

目をうっすら開けるとさっきとは違う看護師さんで

👩‍⚕️「痛み止めを飲みますか?待っててくださいね」

そう言って向こうに行ったが、またウトウトとしてしまった。

目が覚めても薬を取りに行った看護師さんは戻って来ていなかった。

【あれ?薬取りに行くって言うて行ったままやな。まだかな…】

いつも来るかわいい看護師さんに聞いてみたが

自分が担当だから他にはいないと言われ

幻の看護師さんとなってしまった。夢なのか幻覚だったのかよくわからない…

主治医の説明を聞く

手術の後、軽いノリの主治医から手術の内容の説明を聞いた。

👨‍⚕️「手術はうまくいきました!時間が予定より長くかかってしまいましたけど、とにかくコミティさんの胃が大きかったんで、切った後の縫合で胃を十二指腸に縫い付ける時に最初機械で縫合したんですが胃が余りましてね、これはあかんってことになりまして、またほどきましてね、僕が手縫いで縫い直しました。ハハハ。

ちゃんときれいに縫えてると思いますよ。ハハハ」

【相変わらず軽いノリやな。ま、成功してるからええけど😑】

👩「そ、そうですか…。胃がでかくてすみませんでした💧」

👨‍⚕️「いえいえ!コミティさん!胃が大きいってことは3分の1の大きさになった胃も、他に胃を切除した方よりは大きいってことですよ!

胃が大きいってことは勝ち組ってことですよ!

これはもう勝ちに行くしかないですね!」

【何と戦うんやろ…なんか複雑やけど💧】

👩「なんかわからんけど頑張ります…」

そして婦人科のドクターからも全摘した子宮の検査結果を聞くことになったが

こちらも悪性ではあったが初期だったため大丈夫とのとことであった。

私は本当に運がいいと思った。

胃切除しても2キロしか減らない

胃を全摘、または切除した患者を対象に病院の栄養士が食事の講習会を開いてくれる。

私もその講習会に出ることになった。

講習会には同じ頃に胃がんの手術をした患者さん達が10人くらいいたような気がする。

ほとんどが男性だった。

栄養士さんが『胃の手術をされた方へ』と言う冊子を配り、食事の仕方や注意点、後遺症等を説明してくれた。

👩‍💼「皆さん、この度は大きな手術をされ大変でした。胃を切ると体重がかなり減ったでしょう?何キロ減りましたか?」

端から聞いていき、患者さんが答えていく。

「8キロ減りました」

「6キロですね」

「10キロ減りました」

「僕は13キロ減りました」

【え!なんでそんなに減ってんの??😨】

びっくりしてしまった。

そして私の番になってどうしよう…

2キロしか減ってないし見た目も痩せてない。

私もみんなみたいに10キロとか言おうか…

いや、待てよ。この体で10キロ減ったって言うたら手術前どんだけデブやってんって思われる💦

もうええ、やけくそや!

私は言ってやりました。

「2キロです…」

みんなが一斉にこちらを見る。

【見るな】

栄養士さんが聞き返してきた。

👩‍💼「え?」

【聞き返すな】

「2キロです…すいません…」

するとその栄養士さんは「よかったですね」とニッコリとした。

「しばらくは体重が減りますが、また元に戻られる方もいますよ」

【私は戻らなくていいです…】

病院食と体調

手術をした後の病院食はしばらくおもゆで、おかずもみんなスープになってた。

もちろん食欲はなく、おもゆでもお腹が空くこともなく少しでお腹がいっぱいになった。

数日すると少しずつおもゆからお粥に近づいていくが、食事を数回に分けるために

3食は少量ずつ、おやつの時間にも消化のいいものが出てくる。

私の記憶ではおやつにうどんの大盛が出てビックリした記憶がある。

胃を切除した患者のおやつにうどんの大盛って

これについては主治医に言うとさすがにびっくりし「何考えてんねん」と怒っていたが

【あんたの指示ちゃうんかい】って私は思っていた。

そして定期的に胃のレントゲンや流れ方を調べるのだが私は胸やけがひどく、レントゲンで検査でも飲んだものが十二指腸にうまく流れていないと言われた。

そのために何度も検査をし、とてつもなく苦い検査薬を飲み検査をすることもあった。

通常の入院は2週間くらいで退院と言われていたが、私は胃の流れ方が悪いとのことで退院が延びていた。

ある日、レントゲンの画像を見ながらドクターが首を傾げる。

👨‍⚕️「なんやろう。なんで胃に溜まってるんやろなぁ。流れてないわ。なんかもろもろしたものもある感じやけど、なんやねんやろ」

ドクターは首を傾げていたが私はドキッとしていた。

なぜなら、私はその頃には結構元気に歩いて売店に行き、無許可でこっそりモナ王を食べてしまっていたのである🍧

きっともろもろはモナカの皮だろう…

これは絶対に言えないと思った。

ようやく退院する日が訪れる

胃の通りがよくなかったため、何度も検査を繰り返していたが、ようやく退院許可が下りた。

👨‍⚕️「コミティさん!退院オッケーですよ👌だんだん食事も取れるようになりますよ!」

👩「先生ありがとうございました。命が助かって感謝してます」

👨‍⚕️「いえいえ!コミティさんの胃が人よりも大きかったおかげです!あまりに大きかったから腹腔鏡の傷も大きくなってしまいました。ハハハ!」

やっぱり…腹腔鏡手術やったら傷が小さいって聞いてたのにやけに傷がでかいと思ってたんや…】

👩「また普通に食べられるようになりますか?」

👨‍⚕️「なりますよ!ただ胃は3分の1になってますから、油分やアルコールは分解しにくいんで控えてくださいよ。冷たい飲み物も一気に飲んだら、すぐに下から出てきますよ!ハハハ」」

👩「わかりました」

👨‍⚕️「とにかく少しずつ1日5回から6回に分けて食べて。ダイエットとかはもう必要ないですかね!」

【?なんや?私がダイエット必要と思ってたんか?】

👩「2キロしか体重減らんかったけど、これから減るんかな。もうダイエットとは無縁になります?」

👨‍⚕️「体重は減ると思うんでダイエット考える必要ない。少しでも食べれるようにする方が大事です。大きい胃を残せたことがすごいラッキーなことなんで!」

入院中、主治医からは何度も私の胃がデカいと言うことや、私がラッキーで勝ち組だと言われ続けていた意味を今はつくづく実感している。

その後は半年に一回の定期健診を受けると言うことで無事退院した。

退院後の胃腸とトイレ事情、後遺症との戦い

食事と胃の事情

食事は少しずつを守りながら消化の良いものを食べるようにしていた。

でも3ヶ月も経つと、ラーメンや焼き肉、カレー等に挑戦したくなってくる。

ちょっと食べてみることにした。

インスタントラーメンを作り、わくわくしながら食べ始めると

【美味しい!】おいしさに感動した。

食べられるやん!楽勝やん!と思いながら食べていると、まだ半分以上残っている状態で突然満腹になった。

突然胃がパンパンにはちきれんばかりに一杯になり、苦しくなった。

胃もキリキリと痛くなり、もうラーメンどころではない。

1~2時間ほど横になっていると少しずつ治まってきた。

胃が小さくなっていても普通にお腹が空くし、お腹が空くから食べ始めると急に満腹になる。

ほんと、急に胃がパンパンになって苦しくて痛くなると言うことだ。

そうすると苦しくて辛く、横になって【早く胃の中のものが腸に流れてくれ】と祈り続けたものだ。

そんなことしがしばらく続くのだが、私は勝ち組なのだ。

食べ物に負けてはいられない。

ラーメンの次は焼き肉、カレーと、私は挑戦し続けた。

胃を鍛えてやるんだと強い意志で取り組み食べては苦しみ、食べては苦しみを繰り返していた。

しかしそのおかげか退院して半年後にはゆっくり食べれば何でも食べられるようになっていたのでした。

私は食べ物に買ったのである。

トイレと腸の事情

手術後に私を大きく困らせたのはトイレ事情である。胃を切除し、小さくなった胃と十二指腸を繋ぎ合わせているため、食べた物、飲んだ物が胃にとどまっている時間が短い。

特に冷たい飲み物は少しずつ飲むようにしないとダイレクトに腸に流れてしまうので、腸を刺激してしまいものすごいスピードでトンネルを駆け抜け、出口から飛び出すのである。

冷たい飲み物を飲まなくても

食事をした後なんかは、しばらくすると腸がグルグルと動くのがわかり例の💩モノが出口に向かって走り始めるのです。

これが外出中なら大変です。

トイレを探し回り、探し回っている間は、お尻の出口を締め続けなければいけない。

出口のシャッター絶対にを開けるわけにはいかない。

これはもはや気合でしかない。気を緩めることは許されない。

自分で自分を応援しながらトイレを見つけ駆け込んで、便座に座れた時は心の底から、助けてくれてありがとう!と神様に祈ったものです。

とは言え、完全に防ぐことができたのは数えるほどであった…

外出時にはパットは必須となっておりました。

食欲と体重事情

もともと痩せているわけではなく、体格はいい方である。

手術前は64キロあり、手術後は62キロになった。

若い時からダイエットしてはリバウンドを繰り返していたり、痩せたいと言う欲求はいつでもあった。

胃を切除することをポジティブ思考に持っていったひとつの理由は

【もうダイエットをしなくても、好きなものを食べても太らない

と思うことだ。

しかし、それは私の体には当てはまらなかった…

テレビの番組でよく見る、海外で肥満の人を減量する手術で、

胃を縛るとか切って小さくするとかして食べる量を少なくする方法があるが、私もそれと同じように胃を小さくしているのだ。

太るわけがない。

であるにもかかわらず、体重は2年で手術前の体重を超えてきやがった。

もう太らないであろうと安心しきって好きなものを好きな時に食べていたからなのか…

定期検診に行くたびに

👨‍⚕️「調子よさそうですね!いいですよ!」

👩「先生。体重減りませんわ。むしろ増えてきましたやん。」

👨‍⚕️「なんでやろなぁ。でもそういう人もまれにいますよ!食べれるってすごいことですよ。さすが勝ち組です!コミティさんは今、何のお仕事してるんですか?」

👩「今、介護の仕事してますねん。命助かったから、これからは人のためになることしやなって気持ちになりまして。」

👨‍⚕️「へー、えらいなー。俺も頑張らなあかんな。でもサラリーマンやからなぁ。この病院、会社やから俺、給料安いねん。」

【医者やのに給料安いのんか?んなわけないやろ。って何の話ししとんねん。】

👩「そ、そうなんですか?ほな先生、開業するしかないですな!」

👨‍⚕️「はーい!がんばりまーす!」

【ほんまに色々軽いノリのドクターやで】

5年後の検診にて

👨‍⚕️「コミティさん、5年間無事に経ちましたね!あとはピロリ菌の除菌がまだできてないんで、しておきましょう!再発する可能性はほとんどないと思いますが、今後も検診は続けた方がいいですよ。」

👩「ありがとうございました。胃が三分の一になってもダイエットしなあかんこともあるとわかりました(笑)」

👨‍⚕️「いいじゃないですか(笑)ところでビッグニュースがあります!実は開業することになりました!」

👩「わぁー、すごいですね!おめでとうございます!やりましたね!」

👨‍⚕️「今後の検診、僕のクリニックに来ていただいていいですよ!この病院と提携してますんで、検査もできますから!」

主治医はそう言ってくれていたが、最後にピロリ菌の除菌をしたのを最後に、その軽いドクターとも最後になった。

数か月後にクリニックオープンのはがきが届いていたが、体調も特に問題なく、仕事も忙しかったせいもあり、5年目の検診を最後にもう行くことがなくなってしまった。

だけど手術してから13年経ったが、今も元気で暮らせています。

ノリノリドクターは軽かったけど、フレンドリーでいい先生だった。

今もとても感謝している。

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