" /> 40代で胃がん告知から手術後5年経過するまでのドタバタ劇。いつでもポジティブ。(前篇) - ポジティブ介護士コミティのブログ

40代で胃がん告知から手術後5年経過するまでのドタバタ劇。いつでもポジティブ。(前篇)

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生き方

こんにちは。コミティと言います👩

ブログを始めました。

このブログでは、今まで私が経験したことや調べたことなどを伝えていきます。

簡単にわかりやすく書いていきたいと思っていますので、

知ってた方がいいことや、おもしろエピソード等も紹介していきますね。

まずは簡単に自己紹介させてください🙇

今は大阪の介護施設で働く介護福祉士です。

介護職歴は13年ほどになります。

離婚歴あり、胃がん、子宮がん経験あり。愛猫3匹が家族。あと成人した息子も2人あり。

人生色々ありましたけど、復活して今は元気に暮らしております。

介護職をはじめたきっかけ

30歳から40歳始めまでは外資系の保険会社で営業職をしていました。

でも仕事がきつくて、ストレスから体調不良で仕事を辞めたいと考えていましたが、

次に何の仕事をしたらいいのかさっぱりわからなくなっていました。

そこで昔から占いが好きだったので、占い師に仕事運を見てもらうと

「あなたの適職は福祉。例えば介護職です」と言われました。

(えー💦介護なんてまったく予想外。ウソー💧)てのが本音。

でも保険の仕事も辞めるし、なんかしなきゃなーってことで

占い師の言うことを信じて、6月にヘルパー2級の講座を申し込んだわけです。

初めての胃カメラ

当時、ほんとに職場の人間関係が悪くて、胃の具合が悪くてしかたなかったのですよ。

5月末で退職して、6月に総合病院に行ったわけです。

そして初めて胃カメラをすることになったの。

初めて胃カメラ検査。あれは私はダメですね…😫

検査の前に氷のように冷たい飴玉のようなものをなめさせられて

味はしないけど、なめていると、だんだん喉や口の中が麻痺してくる。

あれは麻酔薬を凍らせたものなのかな。

その後検査台に横になり、喉に向かい麻酔のスプレーをかけられた。

これは苦かった。

カメラを喉に入れられ「はい飲み込んで」と言いながら

ぐいぐい押し込んでくるわけです。

麻酔がかかっているとはいえ「オエ―ッ😱」とえづき

苦しかったのを記憶しています。

モニターで自分の胃の中を見ながらドクターが説明してくれる。

「胃潰瘍ができてますね。大丈夫だと思いますが、念のために細胞を取って検査しますね」

そう言われ、2週間後に結果を聞きに行くことになりました。

胃がんが見つかる

【検査の時、胃潰瘍って言ってたしな、胃潰瘍の薬をもらうんやなー】

そう思いながら軽い気持ちで診察結果を聞きに行きました。

名前を呼ばれて診察室に入り、ドクターの前に座りました。

ドクターの机の上にはパソコンのカルテが開かれており、

患者の名前に私の名前が出ていましたので、すぐに

【あ、私のカルテやな。】とわかりました。

【ん??胃がんって書いてるけど…???】

一瞬フリーズしました😶

【え?えーーー!!!???】

パソコンのカルテで胃がんと知った私。

30歳くらいのドクターに神妙な面持ちで

👨‍⚕️「悪いものが見つかってしまいました・・」と言われました。

👩🏻『私、癌なんですか?死ぬんですか?』

と、私は体も声も震えながら聞いてた記憶があります。

👨🏻‍⚕️「まだこれから詳しく検査しないといけません。ただ……」

【ただ何?たいしたことないって言ってくれるんか?】

👨🏻‍⚕️「これは非常に顔つきの悪い癌です。スキルス胃がんってご存じですか?」

👩🏻『・・・・・・・・・・・』

【最悪なことを言うてくれてる…】

【スキルス胃がん…知ってるに決まってる。私、ずっとがん保険売ってたんや】

スキルス胃がんと言うのは悪性の進行性の胃がんです。通常の胃がんと比べて、胃の粘膜にはっきりとした腫瘍や潰瘍ができないため早期発見が難しく、進行も早く手遅れになるケースが多い胃がんです。

スキルス胃がんって聞いた瞬間、頭が真っ白に。涙がぽろぽろと流れました。

信じられないくらいの量がぽろぽろぽろぽろと流れていました。

👩🏻『すいません…気が動転して…』

👨🏻‍⚕️「………。大丈夫ですか?」

【大丈夫なわけないやろ。】

👩🏻『あの、私…スキルス胃がんなんですか?』

【スキルス胃がんやったらもう末期とかちゃうん?】

👨🏻‍⚕️「いえ、まだそこまではわかりませんが、印環細胞癌と言いまして

悪性でスキルス胃がんになる可能性のある癌です。非常に顔付きが悪くて」

【なんやねん、顔つきって。そんなに怖い顔してんのか、私の癌は😑】

👩🏻『えっと…、なんか治療方法は…抗がん剤とか?放射線とか?手術とか?』

【頼むから前向きな答えをちょうだい】

👨🏻‍⚕️「手術しかないですね。抗がん剤も放射線も難しい種類ですので…。」

【ほなら切ったらええんか?胃を切ったらええんやな?】

👨🏻‍⚕️「とにかくこれから検査をしますので予約して帰って下さい」

【検査したら他の病院にも行ってやる。セカンドオピニオンや!】

と思いつつ

👩🏻「わかりました…」とおとなしく診察室を出ました。

その後、診察室を出てすぐにあるソファに座り、しばらく泣き続けていました。

診察待ちをしていたご年配の夫婦が近くにいて、心配そうにこちらを見ていたのを覚えてる。

検査予約をして病院を出たが、また近くのベンチに座りこんでいしまいました。

足が地についていないような、体に力が入らないような感覚でした。。

がん告知された当時の気持ち

私は当時、高校生の息子が二人いました。

母子家庭だったこともあり、私が死んでしまったらどうしようと不安でいっぱいになりました。

なんとしてでも息子たちが社会人になるまでは生きて働かなければ!

と言う思いで頭がいっぱいになりました。

もし自分が死ぬ運命ならしかたがないんだけど、せめて息子たちが高校を出るまでは元気でいさせてと本気で神様に祈ったりしてました。

そして、あぁもっと自分に生命保険かけておけばよかったとも思いました。

また実家には妹家族と母親が暮らしていたので

妹に一番に連絡し、状況を伝えた後「まだお母さんには言わんといて」と伝えました。

お金の心配がなかったのが不幸中の幸い

私は離婚して、ひとり親医療の医療証をもらったばかりで

どんなに検査をして病院にかかっても、保険診療なら1ヶ月の自己負担は500円でした。

それとこれまで保険の仕事をしていたおかげもあり、がん保険がんにもしっかり入っていたし

がんになったことで診断給付金も入ってきました。

そしてがんになるちょっと前に中古のマンションを購入していたので

私が死んだ後、住宅ローンはなくなるので、息子たちの住む場所も大丈夫と思いました。

仕事はしばらくできなくなったけど、当面の生活費は大丈夫だと思えたのが救いでございました。

だけどこれは本当に今でも不思議なくらい重なった奇跡だと思います。

ヘルパー2級講座のキャンセルをする

病院に行く前にヘルパー2級の講座を申し込み、受講料当時7万円を振り込んでいたのを思い出し

先方に事情を説明し、申し込みのキャンセルを伝えました。

事情が事情なのでと、診断書をFAXして下されば返金いたしますと言われ、

診断書をFAXすると、すぐに返金してくれました。

その時はお金は返ってこないと半ば諦めていたのでうれしかったのを覚えています。

手術をして元気になったら、また申し込もう!と決意した次第です。

検査結果を借りてセカンドオピニオンを受けにいく

保険の仕事を5月末で退職し、6月に病院で胃カメラ検査を受けました。

そして7月に胃がんの告知を受けたのでございます。

加入していたがん保険はアフラックで、”セカンドオピニオン紹介”のサービスがついていたので、

さっそく利用し、セカンドオピニオンのお勧めの病院のリストをくれました。

だけど保険会社時代の同僚も一生懸命に胃がんの名医を探してくれ、

あるS病院の院長が胃がんの名医であると教えてくれました。

私はすぐにS病院に電話をすると、たまたま運よくその院長がいて、すぐに来なさいと言ってくれた。

ちょっと離れていたので車で行かないと行けなかったため、妹にお願いすることにしました。

ペーパードライバーの妹が必死で運転する

私には10歳年の離れた妹がいます。

結婚していて夫と当時2歳と生まれて間もない赤ちゃんがいまして、母と同居してくれています。

私は車がなかったので、妹にお願いをすると本当は運転したくないところを、私の一大事だからと「頑張るわ」と引き受けてくれました😭

めちゃくちゃビビりながら必死で運転してくれましたが、曲がるところで曲がれずそのまま直進してしまったり、直進しなければいけないところで右折レーンに入っていてそのまま右折してしまったり、

簡単に目的地のS病院には着けなかったのです(笑)

「何か買いたいからそこのスーパーに入って」とお願いすると

「わかった!」と言い駐車場に入るも

前後左右に駐車していないスペースを探しているうちに

出口から出てしまったり😅

完全に珍道中なドライブではあったが、道中、私はとても笑わせてもらった。

私の妹はそれはそれはやさしくおもしろい妹なのです。

名医のセカンドオピニオンはすぐに終わる

S病院に到着し、検査結果を持って、院長に見てもらうと

👨🏻‍⚕️「あぁこれやったら大丈夫やよ」

【え、もうわかったの?】

👩🏻「え、大丈夫ですか?ほんとに大丈夫ですか?」

院長は笑顔でうなずき

👨🏻‍⚕️「今ならすぐ手術したらいい。3分の2は胃を切らなあかんけどね。急ぐんやで」

👩🏻「わかりました!ありがとうございます!」

妹にも伝えると喜んでくれ、一緒にまた珍道中しながら帰りました。

胃がんの名医に大丈夫と言われると気持ちが楽になった。

手術前の検査で子宮にも怪しい影が見つかる

最初の病院でがん告知をしてくれたドクターは消化器内科で

主治医になってくれていたドクターは

外科の30代後半のよくしゃべる明るいドクターだった。

セカンドオピニオンでS病院の院長に会ってきたと伝えると

めちゃくちゃ驚き、胃がんの学会で前に立って講師をしているようなエライ先生で、

「僕らは簡単に話しもできませんよ」と言っていた。

この病院で手術をする意思を伝え、更に検査をした。

胃がんの方は幸いにも早期で転移していなかったが、

やはり悪性なので胃は3分の2は切除すると言われた。

そして全身の検査をしたところ

なんと子宮にも怪しい影があると言われてしまったのです。

実は20代後半に卵巣のう腫で右卵巣を摘出し、

30代半ばには子宮頸がんの初期で子宮の一部を切除する手術を受けています。

そしてついでに痔の手術も2回受けています。

妹に言うと

「お姉ちゃん、下半身の手術どんだけすんねん」とツッコまれていましたが、

今回は胃の手術だから上半身だと言っていたら

やっぱりもれなく下半身もついてきました。😅

子宮の腫瘍は切ってみないとわからない。

そんなことを言われたら、もう胃と一緒に子宮も切ってくれと思った次第です。

外科のドクターと婦人科のドクターの話し合い

👨🏻‍⚕️外科ドクター「コミティさん、今回の胃の切除は腹腔鏡を使ってする予定なんですけど、

時間がかかりまして、その後に婦人科にバトンタッチして子宮摘出をするんです。

時間がかなりかかります。開腹手術なら時間短縮できますけどどうします?

いっそ胃からお腹まで切っちゃいますか?笑」

👩🏻‍⚕️婦人科ドクター「え、先生ちょっとそれは…💧 コミティさんの負担が大きいと思いますよ。

子宮は膣式にさせてください」

👩🏻「上から下まで切ったら痛いですよね?めっちゃ傷が残ったりしますよね💦」

👨🏻‍⚕️外科ドクター「そらそうやな、ハハハ」

👩🏻‍⚕️婦人科ドクター「腹腔鏡と膣式でいきましょう。手術時間はかかるけど、回復は早いですから」

👩🏻「じゃあ、それでお願いします…」

そんな感じで手術することになり、8月の末から入院し9月に手術をすることになりました。

手術をした日

手術当日、緊張はしていたが主治医の「俺、うまいから大丈夫やで」と言葉を信じることにした。

軽いノリのドクターではあるが、信じるしかない。

病院には母と妹と高1と高3の息子たちが来ていた。

手術が終わったら、ドラマのように

息子「あ、気が付いた!俺やで。お母さん!」

妹「お姉ちゃん!よかったわ」

母「無事に終わってよかった!」

とみんながベッドを囲んでくれているのであろう。

こんな大手術なのだ。

涙も流すかも知れない。

そんな場面を想像し、手術前ながらニヤついていた…

そして手術室へ向かいました。

麻酔をかけられるのだが、こんな時に私ったら

麻酔のかかる瞬間を知りたくなり、目を力強く見開いていたら、

👨‍⚕️「目を閉じて下さいよ」

と注意されてしまいました。

そして目を閉じた瞬間に意識がなくなった…

無事手術は終わったが…

朝9時に手術室に入り、手術が終わったのは夜の8時半過ぎておりました。

かなりの長時間の手術だったが、無事に終わったみたい。

ドクターの声掛けで薄っすらと目が開いて

ボーっとしていました。

ドクターが続けて「コミティさん、コミティさん」と声をかけてくれる。

向こうで看護師さんがバタバタ走っているのが聞こえる。

看護師がドクターに「えー!先生!いませんよ!」と言っている。

主治医も「え、いてへんの?」とちょっと驚いている様子だった。

そしてドクターが私に行った衝撃の言葉。

「コミティさん、なんとご家族、みんな帰られて誰もいないみたいです」

「………。」

【誰もいない?? え、どういう事??】

続けてドクターが言った。

👨‍⚕️「30分前まではいたんですけどね…もしかしたら面会時間が終了のアナウンス聞いて帰ったかな」

うそやろ…

麻酔から目が覚めたばかりの私には事情かよくわからず

とにかく手術前に想像していた光景はもろくも崩れ去ったのである…

ともかく手術は無事に成功しました。

つづく

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